◆隠すこと、隠さないこと
- 視点—1:隠すか隠さないかの問題とは、“経営実態の情報公開”と“個人情報の開示”を主に指す。
- 視点—2:経営実態の情報の取り扱いを間違えると社員退職者、事業衰退に繋がり社会不安になりかねない。
- 視点—3:個人情報は人権と個人情報保護法に照らし合わせること。
- 視点—4:ガバナンス上の隠す行為は組織のルール上、必要不可欠だが、隠ぺいとなると癒着や不正に発展する。
- 視点—5:結論は情報の把握と開示は適法に基づき、適切な方法と範囲を設けること。
日々の経営の中にある情報の取り扱いについて、経営側にとって“隠すべきこと”と“隠さないこと”があります。
言い方を変えますと‟開示”と‟非開示”のことを指します。
この扱いを間違うと組織機能の面で厄介なことになったりします。
少し専門的に言えば、ガバナンス(Governance)がうまくいかなくなるという意味です。
*ガバナンス(governance)とは「統治・支配・管理」を示す言葉。企業におけるガバナンスは「健全な企業経営を目指すための企業自身による管理体制」を指す。
では、どのような時に組織機能におけるガバナンス上、経営情報を意図的に隠したり、隠さなかったりするのでしょうか?
一つは、“経営実態の情報公開”です。もう一つが、“個人情報の開示”です。
❖経営実態の情報の取り扱いを間違えると社員退職者、事業衰退に繋がり社会不安になりかねない
まず、経営実態の情報公開について考えてみましょう。
もし、会社の経営実態のすべてを全社員に公開したとしましょう。
しかも、経営実態が悪化しているときなど、具体的な借金の額や赤字額等が全社員にわかってしまと過剰な不安を与えてしまう。
もし社員の範囲を超えて取引先や顧客にまで情報に尾ひれが付き広まれば信用不安になってしまいます。
その結果、社員の退職や事業自体の衰退につながる可能性だってあるのです。
上場企業であれば、情報公開は義務行為です。
ですが、そうでない中小企業においては不用意に末端の社員まで経営実態を公開することは予想を超えた不安や混乱、もしくは、損害が発生するかもしれません。
ということは、経営の実態に関する情報などは、必要に応じて一定の量と質を制限すべきなのです。
これがガバナンス上、必要な統制かと思います。
つまり、隠すこと、隠さないことの境界線を明確にして、公開する情報のレベルと公開する対象を吟味する必要があるということです。
平易に言えば、
といった割り切り方が必要ということです。
❖個人情報は人権と個人情報保護法に照らし合わせること
次に個人情報の開示ですが、この場合、個人のプライバシーに関する‟情報把握”に対する問題と、そのプライバシーの“情報開示”に対する問題の二つを指しています。
例えば、会社で行った健康診断の結果などはその最たる例でしょう。
社員の健康管理は会社の必要事項。
だからと言って個人の病状について正確にしかも詳細までも把握するべきかどうか?
最近では社員の感染症患者の特定情報の扱いも同じように開示することへの一定のルールが求められました。
それらの情報をどの階層まで知ることが可能か(開示してよいか?)という問題があります。
いくら個人の了解があっても、そこにはいろいろな危険性が存在しています。
とても神経質な問題だと思います。
この問題については専門家の助言をもとに情報把握と開示範囲の線引きをすることが必要でしょう。
*私の知人法律家は三つの対策を提示してくれました。
- 個人情報の取扱いやプライバシーに十分配慮する
- 公表に関して就業規則に定めておく
- 不当な差別・ハラスメントを防止するための対策を講じる
本来、会社が健康診断結果を把握し、本人に通知することが義務づけられている(労働安全衛生法第66条)。
会社は社員の健康状態という個人情報を適切に管理し、みだりに公開しない。
また、社員の不利益となることをしないようプライバシーを守ることが求められる。
❖採用時の個人情報の取り扱いについて
また、採用時などで、求人者の前職での働きぶりを調べることができるかどうかなども個人のプライバシーに関する情報の把握にあたります。
決して無神経な対応はできません。
企業側ではその過程で得た情報に虚偽があるかどうか、内容によっては調査をすることがあります。
もし、虚偽の情報と分かれば、その人物は、雇用後も不利な情報の隠蔽や不正に手を染めるトラブル因子になり得るだろうと推測するわけです。
そこで、そのような人物のスクリーニングに、申告内容と事実を照らし合わせる前職調査を行います。
この場合、応募者の個人情報に踏み込む前職調査は、個人情報保護の観点から違法とされる可能性はないのか?
結論から言いますと違法ではありません。
但し、厚生労働省は公正な採用選考の為、採用選考時に配慮すべき事項として以下を挙げています。
①本人に責任のない事項の把握
- 本籍・出生地に関すること
- 家族に関する事(職業、続柄、健康、病歴、地位、学歴、収入、資産など)
- 住宅状況に関すること(間取り、部屋数、住宅の種類、近郊の施設など)
②本来自由であるべき事項
- 宗教に関すること
- 支持政党に関すること
- 人生観、生活信条、思想に関すること
- 尊敬する人物に関すること
- 労働組合に関する情報(加入状況や活動歴など)、学生運動など社会運動に関すること
③採用選考の方法
- 身元調査などの実施
- 合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施
*引用:「厚生労働省 公正な採用選考の基本/採用選考時に配慮すべき事項」
これらの事項を面接で尋ねたり、履歴書に記入させたりすること、また身辺調査の情報取得方法に違法性があれば就職差別になります。
また、個人情報保護法第23条では、個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に「提供」してはならないとも定めています。
ことこのように、今日では個人情報保護法もあり、以前にも増して個人に関する情報の取り扱いには細心の注意を払う必要があります
しかし、例外として
「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」
または「公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」
に該当する場合には、本人の同意なく目的外利用をすることが認められる。
かつて、リクルートの創業者、江副氏が
「経営情報は社員全員が共有すべき。情報の公開こそが最も大切だ。良いことも悪いことも公にしてしまい社内で共有することこそが、私の理想とする“社員皆経営者主義”である」
と言っていました。
基本的にはできる限り隠さない経営がよいのでしょう。
一番悪いのは悪意を持っての隠す行為であり、言い換えれば、“隠ぺい”というものです。
ガバナンス上の隠す行為は、内容によっては組織のルール上、必要不可欠ですが、‟隠ぺい”となると癒着や不正に発展しかねません。
経営には「隠すことによって物事が正しく進む」場合があります。
一方、「隠さないことによっても正しく進むこと」場合もあるのです。